atmos Culture

atmosconに行く理由

atmosconに行く理由

なぜ人は
スニーカーのイベントに
行くのか。

atmosの青いバッグを持つイベント来場者

ほとんどのことは、スマホの中で解決する。

発売日はSNSでわかる。
レビュー動画もある。
着用画像も見られる。
買うだけなら、イベント会場へ行く必要はない。
それでも人はイベントに足を運ぶ。

スマートフォンで情報を確認する様子

かつて、情報は場所に集まっていた。

新しいスニーカーを知るためにショップへ行く。
雑誌を開く。
店頭で実物を見る。
誰かから話を聞く。
かつて情報は、特定の場所や媒体に集まっていた。
だから人は、情報を得るために場所へ向かった。

スニーカーが並ぶショップの棚

なぜ人は再び"場所"に集まるのだろう。

情報を得るだけなら、SNSの方が早い。
商品を買うだけなら、ECの方が便利だ。
それでもイベントという場所が存在し続けている。
だとすれば、人が求めているのは情報や購入体験だけではないのかもしれない。

イベント会場で列を作る来場者

人は、情報ではなく体験を求めている。

会場で流れる音楽。
人々の会話。実物を目の前にしたときの存在感と価値。
その場に流れる空気。写真や動画は共有できる。
けれど、その場所でしか感じられない熱量までは転送できない。
イベントは、情報を得る場所というより、
体験する場所なのかもしれない。

青い照明で演出されたイベントブース

SNSは、 自分の好きなものを届けてくれる。
イベントは、 自分が知らなかったものに出会わせてくれる。
効率的なのは前者だ。
でも記憶に残るのは、
必ずしも効率のいい体験とは限らない。

観客に囲まれたパフォーマンス

でもその偶然こそが、
新しい興味の入り口になることがある。

観客が集まるトークステージ

人が集まると、
「好き」はカルチャーになる。

オンラインでも、同じものが好きな人は見つけられる。
けれどイベントでは、その人たちが同じ空間にいる。
そこで初めて、自分の好きなものが他人の中にも存在していることを実感する。
個人的な趣味だったものが、人と交わることでカルチャーとして輪郭を持ち始める。
だから人は場所へ集まるのかもしれない。

スニーカーが展示されたイベントブース

体験のため。偶然のため。
人との接点のため。その場所にいたという記憶のため。
人は、イベントに行く。
情報が場所から解放された時代だからこそ、

場所にしか生まれない価値が、
むしろ際立っているのかもしれない。

会場を行き交う来場者

なぜ今も人は場所へ向かうのか。
なぜ情報だけでは満たされないのか。
なぜカルチャーは、人が集まることで生まれるのか。
実際に体験しないとわからないこともある。
オンラインで生えられない何かは本当に存在するのか、
その答えは、多分自分自身の体験の中にある。

atmosconのイベント告知ビジュアル